2010-04-03

Akinori Jahana



今回はスペシャルイシュー、沖縄の謝花明徳について。
世間での評価は知りません、ぼくの知っているアキノリについて。
というか、ぼくとアキノリの話。
思い出話ですよ。
上の写真がちょっと遺影チックですが死んでませんよ。


出会った頃、アキノリはまだ高校生でした。
出会った頃から激ウマ。
現在レスケで活躍しているヤマシロマサタカと同い年で、ホームにしているスケートパークもおんなじという地獄。
ふたりでケラケラ笑いながら、地獄のようなことを簡単にやってのける。
マサタカが直球なら、アキノリは変化球っぽいかんじでしょうか。
とは言えふたりとも、直球も変化球もできる上でのチョイスです。
アキノリもマサタカも高校生ながら県内では既に名前はかなり売れていて、ヘタクソな自分にとってはかなり話しかけづらい存在でした。
「あいつらたぶんおれのことキモイと思ってるな」と思ってました。
ヘタクソなことによる劣等感からくる被害妄想だったのかもしれません。
いや、アキノリはたぶん本当に思ってたような気がする!!
くそー、とか言って今となってはどっちでもいいのですが。


bs180 reargrind

アキノリはコンテストやパークのイメージが強いのかもと思います。
沖縄のスケーターは全体的にけっこうそういうイメージがあるのかもしれません。
ただ、めんどくさがりのぼくをいつもストリートに引っ張り出してくれたのはアキノリでした。
スポットのストックもいつも大量に持っていた。



kickflip into bank
ふたりで見つけて鬼あがりしたスポットにて、ずっと狙っていたフリップイン。
結局、イメージ通りの写真を残すことはできなかった。
今なら、もう少し上手く撮ってあげれるような気がする。

アキノリはメイク率がめちゃくちゃ良いけど、クリーンとは違う。
よくわからない、ものすごい動きをする。
アキノリ独特の綺麗というよりかは奇妙な動きで、個人的にはかなり好きです。
好き嫌いはあるのだろうけど、あの動きはアキノリのひとつの魅力だと思います。


ssbsts
若いスケーターのやるスイッチに基本的にあんまり興味がなくて、撮ることに対してもなかなか気の乗らなかった当時。
このssバックテールには鳥肌が立った。
なにそれ!!って叫んでしまいました。



ollie into pole
たまに写メで見せてくるわけのわからない物件も、アキノリにとってはスポットでした。
スキルがあってストリートでの対応力があると、スポットも増えます。




fs ollie
ウォールtoウォールなんて、夢のトリックでした。
「ここでこれできたらやばいなー」という夢を、いつも目の前でアキノリは叶えてくれました。
ごまかしはひとつもない、ウォールで叩いてウォールに張り付くフロントオーリー。
なにそれ!

bs feeble popout

もしアキノリがいなければ、ぼくはもうとっくにスケートの写真なんか撮っていなかったのかも知れません。
「今日はやめとこうよ」っていう日でも引っ張り出されたり、ぼくが寝過ごしていても家まで来て、風呂場の窓から侵入して起こされたりしました。
いつもニコニコ仲良しというわけでもなく、撮影の時にはケンカもしたし(もちろん穏やかな時もある)、車で移動していてひとことも話さないこともあった(もちろんヘラヘラくだらない話していることのほうが多い)。
ただそれはお互いに真剣で、妥協を許さなかったからで、良いものを創るためには、ただのお友達という関係ではいられないということ。
おかしな気を使って、後悔してしまうような中途半端なものを残すなら、その撮影はなんの意味もない。
そういうことを、アキノリとの撮影で学ばせてもらった。

そのことは、沖縄を離れてからも役に立っている。
どんなにしんどい、神経をすり減らす撮影も、アキノリと沖縄中をかけまわった日々を思い出すと屁でもなくなります。

ちなみに上のフィーブルポップアウトはヘラヘラしながら撮影していたパターン。
「わー、ワックス塗りすぎ!ロボットワックス効き過ぎ!」とか言ってヘラヘラして、コレ。
確か3発ぐらいでメイクしていました。地獄です。


こんなにもストックがあったにも関わらず、ぼくはアキノリをスケート誌に出すことができなかった。
それはぼくのスキル不足に加え、撮ること以外のいろいろなことのヘタクソさによることだと思われ、今でも申し訳なく思っています。

ヘラヘラしているとよくある危険なパターン。
この後鬼ギレ。
「ここ蚊が多すぎる」とか言ってぐずぐずセッティングしていたこともあって、気まずいことこの上なし。


アキノリは、いろんなスケーターとも繋げてくれた。
彼ともし出会っていなかったら今無かったことはたくさんある。
アキノリや沖縄のスケーターとの日々は、今もぼくの血や肉の一部となっています。
ぼくが沖縄を離れる直前に、沖縄のスケーターが集まって送別会をしてくれた。
ぼくはもう耐えれなくなり、机の上で全裸で立って笑いながら号泣するという心の病かのようなわけのわからない行動をしました。
その場で、アキノリも泣いていた。
ハードな日々が、ひとつの終わりを迎えて、やたらに寂しかった。
いつもふたりとも金が無くて、拾い食いしかけたこともあった。
いきなり釣りに行こうと誘われて普通に断ったこともあった。
名護までシークに行って、浜辺で肉焼いてパーティーして野宿もした。
そのとき撮ったフルパイプでのオーリーの写真がけっこう良かったのだけれどネガを失くした(今暴露)。
今でも、展示会の会場で出会ったりするのだけど、「撮影行こうか」という風に最近はなりません。
お互いの都合もあってのことですが、今はお互いの道を進んでいる。

アキノリはサポートされているfolklore skateboardsのオーストラリア本国でのツアーに日本人ひとりで参加したり、海外へも軽々行ってしまう。
ビデオも撮り、写真も撮り、コンテストにも出て、ストリートにも出て、パークにもいる。
スケートボードのあるところにヤツはいる。
スケートボードにまつわる全てのことを愛している。


オマケ
アキノリのかなりテキトウで気まぐれなブログ。釣果の報告とかたまにしてます。